「聖者の行進」は、アメリカ黒人霊歌にルーツを持つジャズの名曲で、英語版の歌詞には新約聖書「ヨハネの黙示録」を思わせる終末的なイメージが散りばめられている、というのが古くから語られてきた解釈なんだよね。
一方、日本でよく知られる「聖者の行進」(back numberの楽曲)は、英語版の直訳ではなく、まったく別の内容を持つ日本語オリジナル曲なんだよ。
この記事では、英語版でよく語られる聖書ゆかりの解釈、日本語版との具体的な違い、そしてback numberの楽曲がなぜ同じタイトルを選んだのかまで、まとめて整理していくね。
「聖者の行進」とは?ニューオーリンズの葬送パレードが発祥
「聖者の行進」(原題:When the Saints Go Marching In)は、アメリカ南部発祥の黒人霊歌のひとつで、ディキシーランド・ジャズの定番ナンバーでもある曲だよ。
もともとはアメリカの黒人コミュニティのお葬式で演奏されていた曲なの。
ジャズ発祥の地として知られるルイジアナ州ニューオーリンズには、お葬式のときに音楽隊がパレードしながら街を歩く「ジャズ葬儀(Jazz funeral)」という独特の習慣があって、「聖者の行進」はその中でもとくによく使われる曲のひとつと言われているんだよね。
面白いのが、パレードの前半(埋葬に向かうとき)は静かで重々しい曲調、埋葬が終わったあとの帰り道(セカンド・ライン)では一転して明るく賑やかな演奏になるという流れ。
亡くなった人の魂が天国に解放されたことを祝う、という意味合いが込められていると伝えられているんだって。
悲しみだけで終わらせず、最後は明るく送り出す。 そういう死生観そのものが、この曲の生まれた背景にあると考えると、単なる陽気な曲というだけでは片づけられない重みを感じるよね。ここ、個人的にはこの曲を理解するうえで一番大事なポイントだと思ってる。
日本ではルイ・アームストロングの演奏で広く知られるようになった曲で、映画『5つの銅貨』(1960年)でルイ・アームストロングとダニー・ケイが歌ったバージョンがとくに有名だよ。
英語版の歌詞の意味は?ヨハネの黙示録との関連が語られる理由
英語版の歌詞、実はただの応援ソングやお祝いソングじゃなくて、新約聖書「ヨハネの黙示録」の世界観と結びつけて語られることが多いの。知ってた?
歌詞全体を通して繰り返されるのは、「最後の審判のとき、自分もあの聖者たちの行進の中に加えてほしい」という祈りの言葉。
そのうえで、歌詞のいろんな箇所に黙示録を思わせる終末のイメージが登場するんだよね。
- 空から星が落ちてくる場面
- 月が血のように赤く染まる場面
- トランペット(ラッパ)が鳴り響く場面
- 馬に乗った騎士たちが現れる場面
- 炎が燃え上がる場面
これらは黙示録6章に描かれる「大地震が起こり、月が血のようになり、星が地に落ちる」という場面や、同じく黙示録に登場する「四人の騎士(Four Horsemen of the Apocalypse)」、災いの前触れとして天使たちがラッパを吹き鳴らす描写と重なる、としばしば指摘されているんだ。
ただしここは少し丁寧に補足しておきたいんだけど、この曲はもともと作者不詳の伝承歌(黒人霊歌)で、書いた本人が「黙示録を下敷きにした」と明言した記録が残っているわけではないの。
だから「ヨハネの黙示録がベースになっている」と言い切ってしまうのは正確とは言えなくて、あくまで「歌詞のモチーフが黙示録の描写とよく似ている」という、昔から広く語られてきた有力な解釈のひとつ、と捉えるのが誠実な理解の仕方だと筆者としては思うな。
つまり英語版の「聖者の行進」は、世界が終わりを迎えるほどの大きな出来事が起きたとき、自分もその聖なる列に加わっていたい、という切実な祈りの歌なんじゃないか、と長年多くの人に受け止められてきた曲、と言えそうだよ。
軽快でノリのいいメロディーの裏に、こんなに壮大なテーマが隠れているかもしれないなんて、ちょっと驚きじゃない?

日本語版とはどう違う?「聖者が街にやってくる」は誤訳なの?
ここ、実はかなり誤解されやすいポイントなんだけど、日本語で使われることのある「聖者が街にやってくる」というタイトル、これは原詞の内容とはちょっとズレがあるの。
英語版の原詞は「聖者たちが(天国に向かって)行進していくとき、自分もその中にいたい」という意味であって、「聖者が街にやってくる」という内容ではないんだよね。
原題の「When the Saints Go Marching In」を直訳すると「聖者たちが行進して入っていくとき」というニュアンスに近くて、天国の門をくぐっていくイメージなの。
日本語に訳された歌詞も複数存在していると言われていて、その中のひとつには「聖者が道を行く、天国に行けば自由になれる」といった言葉が使われているバージョンがあるよ。
ただし、この訳がどの訳者・どの音源によるものかまでは公的な記録として広く特定されておらず、日本国内でカバーやコンサートの際に用いられてきた複数ある邦訳詞のひとつ、という位置づけで理解しておくのが安全だと思う。
この訳し方自体は、原詞にある「天国」「解放」というモチーフを比較的そのまま受け継いだ内容になっているとは言えそうだよ。
一方で、日本でよく耳にする「聖者の行進」という曲、実はもうひとつ別の顔を持っているの。
back numberの「聖者の行進」は和訳じゃない、まったくの別作品
2014年にback numberが発表した楽曲「聖者の行進」(作詞・作曲:清水依与吏)は、タイトルこそ同じだけど、歌詞の中身は英語版の翻訳でも意訳でもない、完全にオリジナルの日本語詞なんだよね。
こちらは、周りに合わせて列を乱さずに進んでいく息苦しさや、正しいとされる「正解」をなぞらされる違和感、その中でも今日より良い明日を願う気持ちが描かれていて、宗教的な世界観とはまったく別の、現代的な生きづらさをテーマにした作品になっているの。
つまり「聖者の行進 歌詞」で検索したときに出会う日本語の歌詞は、大きく分けて次の2種類があるということを知っておくと、ぐっと理解しやすくなるよ。
| 種類 | 内容の方向性 |
|---|---|
| 英語版(原曲・和訳) | 黙示録的モチーフと結びつけて語られる、天国への祈りの歌 |
| back number「聖者の行進」(2014年) | タイトルのみ共通の、現代的なオリジナル日本語詞 |
同じタイトルだから同じ曲だと思って調べていると、内容の全然違う2つの世界が出てくるから混乱しやすいんだよね。ここを最初に整理しておくのが、この曲を理解する近道だと思う。
そして個人的にすごく面白いなと感じるのは、清水依与吏さんがあえて「聖者」「行進」という言葉を選んだこと自体が、原曲の存在を意識したうえでの選曲だったんじゃないかという点。単なる偶然の一致だとは考えにくい、独特のタイトルの重ね方だと思うな。
応援歌やCMなど、他の場面でも使われてきた曲
歌詞の考察からは少し離れるけど、「聖者の行進」というメロディー自体は、日本でもさまざまな場面で使われてきたと紹介されているよ。ここではあくまで一般に語られている例として、かんたんに触れておくね。
- スポーツの応援歌:NFLニューオーリンズ・セインツの公式ソングとして知られており、国内でも複数の球団やチームが試合中の応援演奏に取り入れてきたとされている
- Jリーグ:一部クラブのチャントの原曲になっていると紹介されることがある
- 格闘技・プロレス:アントニオ猪木さんが入場曲としてこのメロディーを使用していたことが広く知られている
- CM:さまざまな企業のコマーシャルソングとしてアレンジ使用された実績があると語られている
ここで挙げた具体的なチーム名や企業名については、放映当時の一次資料まで筆者側で確認しきれていないものも含まれるため、断定はせず「そう紹介されている」という前提で読んでもらえたらうれしいな。正確な使用履歴を知りたい場合は、各球団やクラブ、企業の公式な発表を直接確認するのがいちばん確実だと思う。
これらはあくまでメロディーを借りた別の言葉が乗っているケースがほとんどで、back numberの楽曲のようにタイトルそのものを引き継いだ例とは、また少し違う使われ方だと考えるとイメージしやすいよ。

考察:なぜこの曲は、時代も国も超えて歌い継がれるのか
ここからは、エンタメコラムニストとしての私見も交えて話すね。
個人的にこの曲がすごいなと感じるのは、「終わり」を悲しみだけで終わらせない構造を、メロディーそのものに持っているところなんだよね。
ニューオーリンズのジャズ葬儀で、埋葬前は静かに、埋葬後は明るく演奏されるという習わし自体が、もうひとつの物語になっていると思う。
黙示録を思わせる重いモチーフを含みながらも、リズムはあくまで軽快で前向き。だからこそ、宗教的な背景や解釈の細部を知らない人でも自然と体が動くような普遍性を獲得できたんじゃないかな、と個人的には考えているよ。
そして、black numberがあえてこのタイトルを選んだ理由についても、筆者としては考えを巡らせたくなるところ。
原曲が「列を乱さず、天国という理想の場所へ向かって進んでいく」歌だとすれば、back numberの歌詞にある「周りに合わせて列を乱さず進む息苦しさ」というモチーフは、その“行進”という構図だけを借りて、向かう先を「天国」から「現代社会が求める正解」に置き換えたようにも読めるんだよね。
同じ「行進」という言葉なのに、原曲では祝福の対象だったものが、back number版ではむしろ息苦しさの象徴として描かれている。この対比自体が、意図的な選曲だったんじゃないかと個人的には感じるな。
猪木さんの入場曲のように、メロディーだけを勇ましさの記号として借用するケースが多いなかで、back numberのようにタイトルの言葉そのものを再解釈して新しい物語を乗せるアプローチは、同じ“借用”でもかなり毛色が違うと思う。
原曲のイメージをそのまま利用するのではなく、あえてタイトルの意味を裏返して使う、という点にこの楽曲のオリジナリティがあるんじゃないかな。
ひとつの曲名の中に、19世紀アメリカの信仰的な土壌、20世紀のジャズ文化、そして21世紀の日本のJ-POPが重なっているって、考えてみるとすごく壮大な話だよね。
今後も、新しいアーティストのカバーやドラマ・CMでの起用など、形を変えながらこの曲名は使われ続けていくんじゃないかな、と個人的には見ているよ。
まとめ
「聖者の行進」は、ニューオーリンズの黒人霊歌をルーツに持ち、英語版の原詞はヨハネの黙示録を思わせるモチーフと結びつけて語られることが多い、天国への祈りの歌だよ。
一方で日本語版と呼ばれるものの中には、原詞のイメージを受け継いだタイプと、back numberのようにタイトルのみを共有するまったくの別作品タイプの2種類があるから、調べるときはこの違いを意識すると分かりやすいよ。
応援歌やCMなど、日本でも形を変えながら長く親しまれてきた1曲、これを機にぜひ聴き比べてみてね。
よくある質問
「聖者の行進」の歌詞は誰が書いたの?
英語版はアメリカの黒人霊歌としてルーツを持つ伝承歌で、特定の作者がはっきりしないのが特徴だよ。一方でback numberの「聖者の行進」(2014年)は、作詞・作曲ともに清水依与吏さんによるオリジナル作品だよ。
「聖者が街にやってくる」というタイトルは間違いなの?
「聖者が街にやってくる」という日本語題は広く使われてきたものではあるものの、原詞の内容は「聖者たちが天国へ行進していくとき、自分もその列に加わりたい」という祈りであって、聖者が街にやってくるという意味ではないよ。
back numberの「聖者の行進」は英語版の和訳なの?
いいえ、和訳ではないよ。タイトルは共通しているけど、清水依与吏さんによる完全なオリジナル日本語詞で、内容も黙示録的なモチーフとは異なる、現代の生きづらさをテーマにした作品になっているよ。
