結論から言うと、WOWOWドラマ『災(さい)』で香川照之さんが演じる「あの男」は、塾講師や運転手、理容師、警察署の用務員など、毎話まったく違う顔で6人の人物を演じ分けているキャラクターだよ。
しかも男が現れたあとには、決まって誰かの命が奪われる。
「結局あの男って何人いるの?」「全部同一人物なの?」って気になった人のために、今回はクルミが『災』の謎の男の正体と、事件に関わっている理由をじっくり考察していくね。
『災』基本情報|放送日・あらすじ・香川照之の役どころ
『災』は、2025年4月6日から5月11日までWOWOWの「連続ドラマW」枠で放送された、全6話のサイコ・サスペンスだよ。
主演の香川照之さんにとっては3年ぶりのドラマ出演で、劇中では塾講師・トラック運転手・理容師・酒屋の店員・警察署の用務員・ガソリンスタンドの店員という、まったく異なる6つの顔を持つ人物を演じているの。
手掛けたのは、新進気鋭の監督集団「5月」(関友太郎さん・平瀬謙太朗さん)。
この2人は、香川照之さん主演の映画『宮松と山下』でもタッグを組んでいて、今回は“再びのコンビ作品”ってことになるんだよね。
放送後の評価も高くて、2025年の日本民間放送連盟賞では番組部門の優秀賞を受賞。
さらに第42回ATP賞テレビグランプリでも、ドラマ部門の最優秀賞に輝いているの。
2026年2月20日には、時系列や展開を再構成して2時間にまとめた劇場版『災 劇場版』も公開されたよ。
フランスのランス・ポラー国際スリラー映画祭では最高賞グランプリを受賞するなど、海外の映画祭でも高く評価されている作品なんだよね。
こういう背景を知ったうえで観ると、「なんとなく怖い」で終わらせずに、より深く味わえる作品だと思う。
香川照之が演じる「あの男」は結局何役なの?
結論はさっきも言った通り、香川照之さんはエピソードごとに違う人物として、6人を演じ分けているよ。
塾講師、トラック運転手、理容師、酒屋の店員、警察署の用務員、ガソリンスタンドの店員……と、職業も雰囲気もバラバラ。
物語の中で、それぞれが「渡部(わたべ)」「多田(ただ)」「志村(しむら)」「橋岡(はしおか)」「大門(だいもん)」「歴島(れきしま)」なんて名前を名乗って、6人の主人公たちの日常にするりと入り込んでくるんだよね。
職業も口調も表情も全部違うのに、なぜか「これ同じ人だよね?」って視聴者に思わせる演出になってる。
ここが『災』最大の仕掛けであり、最大の謎なの。
そしてこの男が現れたあと、決まって主人公たちの身に「災い」が降りかかる。
転落、水死、交通事故、首吊り……原因も形もバラバラだけど、共通しているのは「この男が近くにいた」ということだけなんだよね。
あの男の正体とは?名前の仕掛けが示す答え
先に結論を言うと、あの男には「固有の人格やアイデンティティがない」というのがクルミの見立てだよ。
多くの人が最初に疑うのが、「あの男=一人の連続殺人犯なんじゃないの?」という説。
たしかに、男が現れたあとに人が命を落とす展開が繰り返されるから、まず犯人説を疑うのは自然な流れだと思う。
ただ、これだけでは説明しきれない部分もあるんだよね。
男が直接手を下すシーンはほとんど描かれないし、被害者を殺す明確な動機(恨み、お金、嫉妬など)も見えてこない。
しかも、劇中で男が名乗った偽名——渡部・多田・志村・橋岡・大門・歴島——の頭文字をつなげると、「ワタシハダレ(私は誰)」という一文が浮かび上がる仕掛けになっているの。
これ、ただの言葉遊びじゃなくて、「この男自体に固有の人格やアイデンティティがない」ってことを暗示してるんじゃないかってクルミは思うんだよね。
名前も職業も人格も、その都度そこに合わせて出現するだけの「空っぽの器」みたいな存在ってこと。
だからこそ、罪悪感もなく人の人生にするっと入り込んで、去っていける。
そう考えると、単純な「一人の殺人犯」という答えでは腑に落ちない部分がスッと説明できる気がする。

事件に関わる理由は?犯人説・死神説・災いの化身説を検証
クルミの結論を先に言うと、一番しっくりくるのは「災いそのものの化身説」だよ。
なぜそう考えるのか、代表的な3つの説を順番に整理してみるね。
① 連続殺人犯説
男の部屋には、複数の髪の束が集められている描写があるの。
これを「被害者から奪った戦利品」と見るなら、男が一連の死に意図的に関わっている可能性は高いと言えそう。
ただし、具体的にどうやって被害者を死に追いやったのかという“犯行の手口”は、最後まではっきり描かれないんだよね。
② 死神説
男が現れると死が発生する——という流れだけ見ると、「死を運んでくる死神なんじゃないか」とも考えられる。
ただクルミ的には、これも少し違う気がしてる。
『災』が本当に描きたいのは「死そのもの」というより、残された人がどう苦しみ、日常がどう崩れていくかという部分だから。
死神と言い切るには、少し役割が限定的すぎるんだよね。
③ 災いそのものの化身説
個人的に一番しっくりくるのがこの説。
男は誰かを恨んでいるわけでも、狙って近づいているわけでもなく、ただ「そこに存在している」だけ。
そして男がいる場所で、人間の平穏な日常がふっと崩れていく。
災害や事故って、明確な理由があって起こるわけじゃないよね。
昨日まで普通に暮らしていた人が、ある日突然、事故や事件に巻き込まれる。
『災』の男も、それと同じ構造をしてるんじゃないかな。
つまり男自身が「悪人」というより、人間の世界にふらっと入り込んでくる「災厄そのもの」を人の姿にしたような存在——これが、事件に関わっている理由への一番納得のいく答えだと思う。
髪の毛が集められている理由とは?
結論から言うと、あの髪の毛は「災いに巻き込まれた人たちの、平穏な時間の痕跡」を象徴しているんじゃないかとクルミは見てるよ。
考察するうえで見逃せないのが「髪の毛」の存在。
男の部屋には、複数の髪の束が並べられている描写があるんだよね。
髪の毛って、その人が生きてきた時間の記録とも言えるもの。
もし男がそれを集めているんだとしたら、それは単純な「犯行の証拠」というだけじゃなくて、「災いに巻き込まれた人たちが積み重ねてきた、平穏な時間の痕跡」を集めているとも読み取れる。
言い換えると、男は人の人生に入り込んで、その人生を壊したあと、痕跡だけを残して静かに去っていく存在ってこと。
そう考えると、ぞわっとする怖さがあるよね。
捜査を担当する刑事が、離れた場所で起きたバラバラの事件をひとつながりのものとして疑い始めたのも、この「遺体から髪が切り取られている」という共通点に気づいたからじゃないかとクルミは見てる。
事件を結びつける手がかりであると同時に、視聴者にも「やっぱり同一犯なのでは」と思わせる装置にもなっている、二重の役割を持ったモチーフなんじゃないかな。
タイトル『災』に込められた意味とは
結論を先に言うと、『災』というタイトルは「理由のない災い」そのものを表していると思う。
「災」は「災害」「災難」を意味する言葉だよね。
普通、「災い」って言葉には、なんとなく原因や理由があるイメージがある。
でも『災』という作品では、その災いがどこから来ているのか、最後まではっきりしない。
原因が分からない。犯人もはっきりしない。動機も説明されない。
だからこそ怖いんだと思う。
もし全部の出来事に明確な理由があるなら、人間はそれに対して備えたり、対策したりできる。
でも、理由のない災いは避けようがないんだよね。
この「理由のなさ」こそが、『災』というタイトルと作品全体の核心なんじゃないかな。
同じ顔の俳優が毎話まったく違う人物を演じ分けて、しかもそれぞれの話がゆるやかにしかつながらないというオムニバス的な構成自体、国内の連続ドラマとしてはかなり珍しい作りだと思う。
前作『宮松と山下』との共通点から見えてくるもの
結論から言うと、監督集団「5月」と香川照之さんのタッグには、「一人の俳優が持つ“揺らぎ”を利用する」という一貫した作家性があると思う。
映画『宮松と山下』は、認知症を患う老人が、若い頃の記憶と現在の記憶の狭間で、自分と重なる存在に「山下」という別人格を見出していく物語だったよね。
そこで描かれていたのは、「一人の人間の中に複数の人格やアイデンティティが同居しうる」という揺らぎそのもの。
『災』では、この“一人の中の揺らぎ”というテーマを、あえて「同じ俳優が演じる複数の別人」という形に反転させて描いているんじゃないかとクルミは見てる。
『宮松と山下』が「一人の内側にある複数性」を描いた作品だとすれば、『災』は「複数に見えるものの内側にある、統一された空虚さ」を描いた作品——つまり視点を裏返した“対になる作品”と言えるんじゃないかな。
こう考えると、監督集団「5月」がテーマとして一貫して追いかけているのは、「人間のアイデンティティって、本当に一つに固定されたものなの?」という問いそのものなんだと思う。
同じ構造を扱ったオムニバス形式のサスペンス作品って、実は国内ドラマでは意外と少なくて、この点でも『災』はかなり異色な立ち位置の作品だと言えるはず。
考察:あの男の正体をクルミはこう見る(私見)
ここまで色々整理してきたけど、私なりの結論を言うと、香川照之さん演じる「あの男」の正体は、
「人間の姿を借りた“災い”」
だと考えてる。
もちろん、完全に超自然的な存在だと作品内ではっきり断定されているわけじゃないんだよね。
だからこそ、「本当に一人の人間なのか?」「複数人いるのか?」「死神なのか?」「災いそのものなのか?」という色んな解釈が同時に成立してしまう。
そして、個人的にはこの「答えが一つに決まらない」という作りこそが、『災』という作品の一番の魅力だと感じてる。
香川照之さんの演技によって、普通の人間に見えるのに、どこか人間離れした存在感がにじみ出てる。
この絶妙なバランスがあるからこそ、視聴者は「あの男は一体何なのか」を最後までぐるぐる考え続けることになるんだよね。
私見だけど、『災』が本当に怖いのって、怪物が出てくるからじゃなくて、「いつもの日常の中に、理由もなく“災い”が入り込んでくるかもしれない」っていう可能性そのものだと思う。
香川照之さん演じる「あの男」は、その不安をそのまま形にしたキャラクターなんじゃないかな。
よくある質問
『災』はいつ、どこで放送されたドラマですか?
2025年4月6日から5月11日まで、WOWOWの「連続ドラマW」枠で放送された全6話の作品だよ。
監督集団「5月」(関友太郎さん・平瀬謙太朗さん)が手掛けていて、2026年2月には内容を再構成した劇場版『災 劇場版』も公開されているの。
あの男は結局、犯人なのですか?
作中では、男が直接手を下すシーンはほとんど描かれないの。
集められた髪などから事件への関与は強くにおわされるけど、「犯人だ」と明確に断定できるシーンは用意されていないんだよね。
だからこそ、犯人説と災いの化身説、両方の見方が同時に成り立つ作りになってる。
香川照之は結局何人の役を演じているのですか?
役名だけ数えると6人前後の人物を演じ分けているんだけど、劇中でそれが「同一人物」だと証明する情報は特に出てこないの。
だから「一人が変装している」のか「同じ雰囲気を持った複数人がいる」のか、そこも解釈が分かれるポイントになってる。
なぜ男は髪の毛を集めていたのですか?
作中でその理由が直接説明されることはないんだよね。
ただ、被害者たちから失われた髪と男の部屋にある髪の束が重なることで、「事件への関与」を強く感じさせる仕掛けになってる。
物証として見るか、災いが通り過ぎた痕跡として見るか、ここも視聴者の解釈に委ねられてる部分だと思う。
まとめ
『災』で香川照之さんが演じる「あの男」は、塾講師や運転手、理容師、警察署の用務員など、エピソードごとにまったく違う姿で登場するのが最大の特徴だよね。
2025年にWOWOWで放送された全6話のサイコ・サスペンスで、監督集団「5月」が仕掛けるこの作品は、犯人説、死神説、そして「災いそのものの化身」説——どれか一つに決めつけられない作りになっていて、そこがこの作品の一番の怖さであり、面白さでもあると思う。
前作『宮松と山下』で描かれた“一人の内側の揺らぎ”というテーマを、今度は“複数の顔を持つ一人の存在”として裏返して描いている点も、この監督コンビらしい作家性がよく出ていると思う。
髪の毛というモチーフや、名前をつなげると浮かび上がる仕掛けなど、細かい部分にも意味がぎゅっと詰まっているから、気になった人はぜひもう一度、あの男の視点で物語を見返してみてほしいな。
きっと最初に観たときとは違う怖さが見えてくるはずだよ。
